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       Collection詩集 Ⅱ


竹田朔歩

竹田朔歩1


















































































詩集 
 軽業師のように直角に覚めて

竹田朔歩
思潮社 20064

あざやかな春のはじまりを、素朴なスタンスを保ちながら、
謙虚に育てていかなければならないと胸のうちに秘めて
いるのです。
 (あとがきより)
 



    冬の別れ

 寒雲が
 灰色の石の空から
 かすかに顔のかけらをのぞかせて
 しずかに鼓動する
 どこからか どこへ
 告げずに移っていく
 ウィンチェスター1000SBペレットライフルの
 銃弾が天空を貫く
 駆けあがるブラック・スワンが
 落下した
 
 残響がまざりあい
 寒々しくひびわれた
 レイクフィールドの空
 オーストラリアのペニュンシュラ

 ふるさとにむけられた視線
 振動が翻り
 大地を渡っていく
 ひめられた望郷もろとも
 背骨が真っ二つに折れた

         
 *このペニュンシュラ(半島)はオーストラリアのケープヨーク半島のこと。





    軽業師のように直角に覚めて

 みひらく眼が
 見果てぬ街をさまよいあるいていく
 風景のなかの一本の橋にたどりつく
 短くもなく長くもなく生命の肉化したかたちが細々と横たわる
 真夜中の橋
 焦燥と苦悩でどろどろになって
 ただれている脳の眼が一切顚倒している
 
 世界の 何処へも繋がらない個と
 ひきもどることもない確かにすぎた苦い過去
 遠離 皮肉な過去をえんえんと引き摺りながら
 すれすれに呼吸している人間の
 かつかつに生き繋いで.いる貧しさ
 肉体と精神の間を繋いでいる この橋を渡り終えるのか
 自己を捨て切って浮上するのか
 他者を切り捨てて世界に徹するのか

 純粋に言葉を発すること
 そんなことは知りつくしていることなのに
 どうして自己の内部に逸れていくのか
 どうしてペルソナを剥奪しないのか
 重量約一〇〇グラムの空豆
 赤脾髄と白脾髄
 グリコーゲンの分解室
 ランゲルハンス島
 どのようにもつきぬけ
 すべてを吐き出して押し流していってほしい
 悪い個よ
 軽業師のように直角に覚めて

 



    擦過する窓

 傾く午さがり
 低空飛行する雲が
 うすら陽もささず遠くへと延びていき
 肥大した耳
 均衡のとれない眼窩が
 はるか向こう地平線に引っ張られていく

 去りゆく季節は
 確かな記憶の車輪の隙間へと
 たぐりよせられていく
 あの日見た面影橋の下を
 時が流れ
 人々が流れ
 ぷっつりと切られた空に死と懐疑のはじまりがある

 かつてかぎりなく出逢った深いかかわりが
 ジグゾーパズルの迷走を組み替える
 錯綜する烏の砂嚢が夢を乱しはじめ食べちらかし
 砂塵のいりまじった街の底へ沈めようとする

 路上を行き交う人々 吹きまく風
 約束のない直感の空をぬけ
 いち枚いち枚の風景をうち落とす

 走り去る電車
 窓 窓 窓からも
 人や車や 逆方向へむかう電車 家々や電柱がすぎ
 窓 窓 窓からも
 窓 窓
 窓ガラスに二重写しの世界が写っている
 本性のわからない
 他者がこちらを見ている





    影が坐りつづける

 忘れはてようとする歳月
 なつかしい ふるさとよ
 赤くすりむけた顔が
 地上に垂れている

 つめたい毛布にくるまった
 幼い日にきいた数え唄が
 夜のうらがわにきこえる

 足音がしのび寄る
 照らしだす月光の襞から
 ぼうぼうと燃えさかる見覚えのある町が
 浮かび上がる

 くさり切った柘榴の実
 果芯につらなる種子がはみだし
 ふるさとが ぬきとられた時代
 見覚えのある町の
 うらさびれた漁港の酒場で
 夜の果てるまで無言で飲みつづける
 影が 坐りつづけていた

 生き積もった言葉の切れ端たち
 生きることと かすかにつながってきた
 漁船の灯が去来する

 舟底へおしこめられていく閉塞感と
 破れ朽ちた夢の残骸
 ぎらつく明日の行き先に
 どんな流儀で答えよう

 まいもどる迂回の舟路もなく
 押し流され漂っていく
 迷走の方向に

 あなたが吐き捨てた
 数々の仕打ち
 生きいそいだ道のり
 過ぎ去った者への憐憫

 あなたはうちのめした賭けに栄光を見たのか
 あなたが断ち切った命綱に絶望したのか
 足音がきこえない

 あなたは いまも
 あの酒場の
 傾
(かし)いだ椅子に坐りつづけて










  

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