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         Collection詩集 Ⅱ


春名純子

春名純子1


















































































詩集 
風屋

春名純子
編集工房ノア 20025

日溜まりのベンチで背中を温めていると
後悔だけが
約束の街角へ出掛けて行く
  (「春の約束」より)
 


   風屋

 
風屋は
 風を売る
 風を買う

 そよいでいる店に入る
 
 持って来た 古い風を
 生まれたばかりの風と 取り替える

 手数料は
 未使用の 天使の羽根 一対
 食べ残した 苦い月 一皿
 夜の潮騒の骨 四本

 凪ぎ曜日
 風屋は 今日はお休み

 戸を閉めて
 誰も知らない 道端になる





  やつでのこと

 
やつで 子供の時は いつも合掌していた
 今では手のひらの上は目玉がいっぱい
 昼でも雲の向こうの星空が見える
 睡眠時間およそ八時間
 立ったまま眠って揺り篭の夢を見る

 やつで 仕事をして金を貯めている
 死んだカタツムリの柩を担いで
 夜の墓地へも一人で行ける
 出納簿は付けるが日記は書かない

 やつで 手のひら開けっぴろげでも
 背中は暗い
 山茶花が寄り添っても情けはかけない
 身辺の風の中へ不明を垂らし込んでは
 孤独を厚くしている

 やつで 貯めた金で今日
 白い花を一万五百粒買って頭に被った
 「趣味が悪い」と 人が見て嘲笑
(わら)
 今では 唱える呪文も全部忘れた
 もう 子供には戻れない

 色褪せた肩に 霧雨が降る
 十一月三十日
 秋も終わり





  きくらげ

 
キウイの幹で雨を聞いていた
 薄茶色の柔らかな耳を むしり取って
 娘と二人で酢の物にして夕食に食べた

 明日から
 天の声 地の声
 キウイの言葉も聞こえる筈だ

 夜
 キウイ棚あたりの雨が大きな声で
 私たちの悪口を言って
 キウイを慰めているのを聞いてしまった

 六月の雨は しつこくって
 雨戸の外まで来て
 なじるものだから
 娘と二人 毛布を被って
 厭な気持ちで寝てしまった

 夜更け
 キウイも寝たらしく
 外は 風になっていた




  器の中

 
娘の電話が一年の終わりの時を凍らせて
 母親のベッドの中まで
 しゃら しゃらと流氷がやって来た

 過ぎて行く街の音に混じる細かい声が
 力に戻れない忍耐や 喜びに変らない愛の話を
 ぽと ぽとと伝える

 シュレッダーにかけた月日が
 ぎっしり詰まった袋を担いで
 痩せた娘が私の胸でうずくまる

 祈りの形で差し出した手は あなたには届かず
 そうして私は
 すべての手の沈黙を味わう

 凍てついた花壇の
 最も脆い土の裂け目から
 這い出すものこそ春なのだ と

 形に戻れない素材の言葉を
 今日の器の中で掻き混ぜる


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