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      Collection詩集 Ⅱ




寺岡良信
寺岡良信3



















































































































詩集 
凱歌

寺岡良信
まろうど社 201110

午睡の石段を緩やかに下って
その人は
わたしの
稚い心拍を聴きにくる  (「石段」より)


 

    凱歌

肺は孤高と
濃い憂愁に満ちてゐた
イグナシオを夢見る少年に
海は渾身の群青をかぶせて
歓喜した
昂ぶる鼓動
直線に屹立し曲線にほどける
自在な四肢
赤い果実のやうな心臓の内側で
残照はいつまでも尽きないが
波は礁(いくり)
削れるだけ削つて
やがて
沈黙した

老いた石像の微笑
流砂の埋めた歳月が遠く軋むとき
わたしにも最期の夜が来る

闘牛士の退場に凱歌が響く
浜木綿の風が朽ちた厩舎にそよぐ





  流木

流木はひたすら
待ちつづけた

海が船体を砕いたとき
わたしが願ったものは
遠い遙かな再会
知らない国のうつくしい砂に
わたしたちは
傷ついた約束のやうに集つて
もういちど
帆船を夢見ようと

流木の願ひは
とどかない

蒼ざめた言葉ばかり
星雲の奈落に拾つて
不眠を飼ひつづける月日よ

月光が潮騒と睦びあふ
夜明けに
溶け
ながれ
明日
わたしの影はゐない

希望は
いつも
寂寞ののちに
ひらく

黄泉にはばたく
帆船の翼もまた





  不在

かすかに鎖骨の砕ける音がして
星が堕ちた
翼は戻れない
白鳥の産み月はいつも渇水期
嗚咽さへ薄れゆく月光に乾いて
鼻腔の潮だまりが
わたしを匿した

暁の漁夫よ
わたしは不在
海原をせり上げ
満潮の底から湧いて出る
摑みきれない財が
妄想に荒れた指を
逃げ水のやうにすり抜けても

満たされない投網よ
わたしは不在

猜疑が
母の沈黙を殴打する夜明けも





  嘲笑

風が蒼く透きとほる日は
わたしを嘲る女の
細い目がさまよふ
ロココ模様の皿の中から

たそがれが流れ去り
満月にざわめく樹液
わたしは隠れねばならない
釉薬を苦い預言で溶かした
皿の裏に
嘲りの女の
深海のやうな
眠りの裏に



 

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