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       Collection詩集 U
        


日和聡子

日和聡子1


















































































詩集 
びるま

日和聡子
私家版 20013
7回中原中也賞

亀のことなら何でも知つている
豪語する店に立ち寄つてみたが
扉のところに 紙が一枚貼つてあり
「何にもわからなくなり申した」 (「畳灘」より)
 


 

    亀待ち

 八時までに亀は帰つて来ますよ
 そうのんさんに言われて
 待つていた

 のんさんは庭で花に水をやつていた
 わたしは縁側で出された電話帳を繰つていた
 水はわたしの足元まで這つて来た
 洗濯物を取り込むのんさんの背中に
 小さな影がついていた
 じつと眼を凝らしていたら
 振り返つたのんさんが微笑つた

 亀は八時までに帰つて来ると
 確かにそうのんさんは言つたのだが
 しかしのんさんはいつこうに晩飯の支度もせず
 わたしと縁側でビールを呑んでばかりいる

 不安の種は何もないのか
 おまえは帰ると言つて
 帰らなくても一向に悪ではない定義持ちだから
 朝になつたらきつとのんさんは
 縮んでいる





    何曜

 野球を見に行つた帰り
 ふなばたさんが
 わたしにきすをした
 わたしは黙って
 そのままに受けた

 はえぬきの新人が
 残さず 余さず
 ふなばたさんのきすを受けるのだよ。
 新人であつたころの
 むくろさんも
 受けたのであろうか

 かんじんかなめの
 行方不明になつたよそゆきのドレスが
 クリーニング屋さんの二階に吊るされておるのを
 知るのはそのドレスのみで
 わたしは
 二度目のきすを受けることなく
 風呂場のすみでしやがんでいる





    午宴

 私が謝るか
 あなたが謝るか
 どちらかに一つなのだが
 どちらも謝らないで済む方法を
 二人して考えていたようなものなのだ

 今日のひる
 水色のくまがやつて来て
 どこから来たと尋ねると
 あつちの山の方だと指さす
 ほうほう と見ている
 上がるかと訊くと うなづく
 そうめんを出して 二人で食べていたのだ
 あなたが帰つて来るまで

 昔住んでいた穴のことを話す
 電気はなく 火もなかつた
 雪の日は 雪に埋まる
 晴れの日は あまりなかつた

 ああ もらつた桃が棚にあるんだつた
 風呂から上がつたら皮むいて食べましよう

 どつちかが謝るしかないのだが
 どちらもいんけんで
 ごうよくなものだから
 昼に水色のくまが来たからとて
 何の障りが
 あるというのだ





    びるま

 後ろの庭に
 ふしぎな花が咲いた
 名前を 知らぬ

 昼にテレビで
 難民が映つておつた
 わたしは飯を食べ
 その後で
 昼寝した

 夕暮れ前の買い物に
 不意に出て来たサンダルを履いた
 音のせぬのに
 耳がつぶれる

 こわれるものは こわれてしまつた
 この空は
 あそこにもある


 

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