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       Collection詩集 U


横田英子
横田英子1


































































詩集 
私の中を流れる川について

横田英子
編集工房ノア 2003年11月

これからは、何事にもプラス指向で、私にもあるに違いない陽性を生かして、
生きていくことの楽しさ、いっぱい見つけて、ここにあることのさいわいをもと
めていきたいと、この詩集「私の中を流れる川について」出版を機に考えて
います。
(あとがきより)




 

  地層 1

 
月が日毎に細くなっていくぶん
 凋んでいくのは 私の心房
 海の水を引いていくように引きずられる
 自分の姿を 大地の鏡に見る

 いまごろ展覧室に並べられる
 アンモナイトや三葉虫や葉の化石の
 るいるいと時を遡る
 これも一つの命の証なら
 現実のこの時間を喘ぎながら漕いでいくのも
 生きている証か

 時の流れが噴く
 乱れる十七歳の神経の刃先の
 歪んだ都心の時計塔の針の
 ブラックホールへの落下

 散乱した骨を集めて 茫洋と流れる宇宙のじかん
 原形をなくし この現代が
 ぼろぼろの土屑にすぎないと
 明かされるのはいつのことだろう

 月がまるくなれば
 私の心房室から新たな流れを
 見ることができるだろうか

 どこかの深いところから
 一つの時代が掘り起こされたという

 驟雨のあと
 人に先がけて息づいたメタセコイアの梢から
 よみがえるか
 掌の水が光り
 みごとに月がまるくなる






   地層 3

 
一枚の落ち葉の破れたあたり
 誰かの目を思う
 まっすぐに見つめてくる
 幾つもの顔が
 重なった葉のあちこちから
 浮上してくる

 踏み砕かれる ぶなや朴の木の葉たちの
 声のない悲鳴
 いや私自身の錆び付いた声だ
 出そうとして出せなかった声が
 歩く靴音とともに
 谷川になだれ落ちていく

 あの日々
 過ごしてきた歳月は
 足許の落ち葉のように
 程よく土になじむのだろうか

 森の中は
 行き倒れの人のように
 倒木が目に付く
 曲がってなお枝を伸ばす古木もあれば
 途上で絶たれた木の残骸たちの
 呻きが聞こえそうな
 それらいつの間にか
 人の顔になって迫ってくる

 消失していくものたちの それら
 同じ道筋に秋の陽が吸いこまれていく
 おはよう さよならの挨拶のように
 さりげない引き際
 そこから闇が広がる
 そこから生まれていく思惟の
 そこから果てしのない時空の

 さらに越えねばならない
 私の時間がある






    私の中を流れる川について

 一適が絶えることなく海へ流れていくように
 人の中にも一すじの流れがある
 たましいの亀裂のその傷口で
 ちろちろ流れる川を見つける

 朝の光が戸の隙間から射しこむ
 一すじの光に似ている
 閉ざされる身の内から
 せせらぎの音が聞こえてくる

 雪がしんしんと降る
 凍る川に白い花が積まれる
 時間という流れに
 愛という碑の上に
 いつかすべてをのみこんで
 生まれたところへかえっていくのだ

 川の源流を訪ねて旅した日
 女のように揺れていた樹
 男のように背をのばした樹
 それらの葉の間から
 次から次 滴り落ちていた雫
 無数の眩しい光る玉は
 限りないいのちの根源のように
 私の眼前で舞っていた

 掌にほとばしった水の感触
 しみとおって背や腹へ
 そのときから
 人の中を流れる川の存在を
 どんな風に
 あなたに伝えればよいのか
 考えている
 娘よ






   ワタスゲ

 何もかも折り畳んで
 旅に出る
 必ず帰ってくるから
 旅の花は
 人の胸で開くのだろう

 旅で見つけた白い花のことを
 誰に告げよう
 生きて在ることの
 深い思惟を与えてくれる
 生きる哀しさを教える

 そそげたつ心臓に
 匂ってくるオゾン
 ときに記憶の花を見るための
 高原や林道の光の
 再生の道につながる

 野の花を
 私の内に挿す
 清流が満ちる
 高原は一つの矢印
 遙かの空へ続く
 源泉に戻っていくのだ

 標高二千米の地点で
 風が吹く
 いつか それら すべて葬り去られるのを
 知らせる風である

 だが今は
 繭玉のようなわたすげが
 無数に舞っている


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