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Collection詩集 U


坂多瑩子



















































































詩集 
お母さんご飯が

坂多瑩子
花神社 2009年6月

天使は記憶を持っていないと
昨日 本で読んだけど
頭のなかにはつながっている線みたいなものがあって
どこで切れば
今だけになれるのか (「茂み」より)




   はるかな食卓

 
くりかえし くりかえされて
 見渡すかぎりの食卓
 きりもなく
 ご飯を食べるようになった母さん
 じゃがいものニョッキを食べる母さん
 さといもの揚げだんごを食べる母さん
 ふわふわオムレツを食べる母さん
 はるかな 遠い食卓で
 きりもなく
 離乳食を食べている母さん





  塔の中で

 
あかるいテーブルの上に
 塔がひとつ
 見上げるほどに高いところにある
 窓に
 うっすら陽がさして
 その奥で
 皿を
 がちゃがちゃ
 並べているのはおかあさん
 動きまわる音に耳をすましていると
 おかあさんは
 二人になって
 三人になって
 数えきれないくらいになって
 ゆかにころがったり
 うたをうたったり
 いつのまにか
 わかい娘になって
 おかっぱ頭の子どもになって
 やかんがシュンシュン音をたてて
 ね
 いい子でしょ
 とかなんとかいって
 わたしは
 あまり
 かわいくない子
 なので
 気がつかないふりをしていると
 夜になって
 明かりのない窓から
 もう誰にもなれないおかあさんが
 ひとり
 外を見ていました







   わらう


 標準と少しずれたアクセントで
 いつもの車内放送があった
 座席はほぼ満席だったが
 誰もが消えかかっているようで
 そのせいかとても静かだ
 白いソックス洗ってくれる?
 突然言われた
 電車は走っている
 髪を三つ編みにしたその子はにっとわらった
 わたしはきっとどぎまぎしていたのだ
 洗ってくれる? じゃなく
 はいてくれる? と聞こえた
 手渡されたソックスをはいてみた
 綿の厚手のソックスでゴムがゆるんでいる
 ずるずるとさがる
 さがりはじめるとゆっくりだが
 ちっともとまらない
 くるぶしでとまるはずが
 とまらない
 深い井戸に落としたみたいに
 どこまでも落下していく
 その子は青い制服を着て白い靴をはいていた
 その子は低い声でわらった
 しつこくわらう
 耳障りなので
 両手で耳をふさいだ
 車内はがらんとし日の光に照らされていた
 





   ふいに

 ドアの取っ手がこわれたので
 はずしたまでは良かったが
 ぽっかり開いた穴に
 合う取っ手が見つからず
 メーカーはすでに倒産していたから
 穴は妙にかしこまって
 りんかくは
 ざらつく感じに見えるが
 これといって特徴はなく
 ところが
 毎日見ているうちに
 ほら あちらに見えますのは
 などと
 ふらふら歩く血染めの花嫁が
 青ひげの首をぶらさげていたりして
 成長成長しすぎた穴は
 ときに
 熊だの狐だのが
 うようよしていて
 それでも何故か親しみを感じるのは
 この穴は
 穴の一般的理解にたがわず
 そこはかとない闇を思わせるが そもそもは
 ふさいであった闇を解放したからで
 ほら あちらに見えますのは
 わたくしでござい
 と
 それにしても
 取っ手のはずれたドアはおさまりが悪く
 人の気配ですらゆれる
 

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