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Collection詩集 U


坂多瑩子



















































































詩集 
ジャム煮えよ

坂多瑩子
港の人 2013年9月

 糸状藻はつぎつぎに成長して
 森のようになって
 ひびの入ったたまごをいっぱい産む
 もうすぐたまごが割れますよ     (「糸状藻」より)



  箱の文字

金模様小皿
と蓋のうえに書かれた
木の箱
木切れでこしらえたのか ざらざらして
かさばるから
雨のあたらない庭のすみに出しておいたが通るたび
祖父の
金模様小皿というやけに角張った字が
くねったり
黒々と沈み込んだりする
箱のなかでは
紙をのばしながら小皿をつつんでいる祖母が
指や背中は消えかけているが
祖母がいうには
息子たちの
出征の祝いをするたびに
赤いふちどりの
まんまるの金が三個もついている金模様小皿は
少しずつ薄くなっていったから
とてもていねいに扱わないとひびが入ってしまうそうだ
つまり大切なものだから大切にしなさい
まあそんなところだろうけど
キン
モヨウ
コザラ
と呼んでやったら
なんだかとてつもなく大きな影みたいなものになって
あたりが薄暗くなってきて
祖父が文字のような髭をなでていた





  病院

昨日も病院に行った
今日も病院に行った
明日も  明後日も
次の日も 次の日も
病院がいくつもいく
つも重なる ほんと
うは白くてきれいな
かたちの建物だけど
少しずつ汚れていく
疲れた と言いたい
けど 言えないから
飲みこんだあたしの
息が窓に壁に付着す
るから きれいな病
院なのに獰猛な生き
ものみたいになって
あたしをおしつぶそ
うとする いやなや
つ 言ってやると一
週間さきの新聞から
でも不幸をさがしだ
してくる もう一度
ちいさな声でいやな
やつ と言ってやる





  終る

金時豆煮たのを
買った 半分つぶした豆
あまくておいしい
あと一口で終る
終る
終りがなかったら
いいかもしれない

思いそうになって
食道のあたりに残るあまさが
急に
ドキドキしはじめた
あまさが
とてもいやな気持ちだ
一口だけ
残っている
食べてしまえば空になる
皿はきちんと洗われて豆はどこにも
なくなる
ほっとしたのに
終りがなかったらとつい思いそうになって
やっぱり
ちがう ちがう
お母さん
さようなら





  ジャム

ジャムをつくろうと
りんごの皮をむいて
大きなボールに
うすい塩水をつくったが
間の抜けた
海の味がして あたりは
ぼおっと霧が深いから
四つ割りにして まだちょっと大きいから
三等分にして 皮をくるくる
もひとつ もひとつ
笊いっぱい
くるくるまるまって
皮のないりんごって
案外ぼやっとしているから
赤い耳たてた兎が
弁当箱のすみっこにいるのは
とても正しいことのように思えて
それでも早くジャムにしなくては
半日ほど陰干し
砂糖をまぜて三時間
夜になってしまった
りんごがりんごでなくなるとき
あたしがあたしでなくなるとき
ジャム 煮えよ

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