◇お断り◇表記できない漢字は別の漢字に置き換え、また、ルビは()で表示しています

                Collection詩集 U


豊崎美夜



















































































詩集 
チキンインザキチン

豊崎美夜
湯川書房 2006年9月

夜はまだ
鉄板の上で香ばしく
大人の口にたっぷり表裏を
食べられたがっている   
(「お好みの夜」より)



  ヒヤシンス・ブルー

 ひ、
 ひみつの声の
 ひそやかなうめきの壁によせる耳
 
いのちいきづくちいさな窓
 かすかにひらかれ
 くらくとじられる隙間をのぞき込む眼
 ひ、
 ひみつの水栽培
 ガラスの鉢に
 ヒヤシンスの球根
 かくしたってだめ
 かくせばかくすほど無数に
 のびてゆくしろい根
 そんざいの下部に生えるやましいもの
 見てみぬふりを
 黙してもとめるずるいもの
 ひ、
 ひみつの匂い
 ひましに育つ
 ヒヤシンス・ブルーのゆらぎ
 うるさく乱れ
 こきざみにふるえはじめる
 うわごとのねがえりと
 くりごとをくりかえし
 守れやしない約束ごとを
 ねだっている誓っている花弁
 ああ淡くあまえてもいる

 欲望はいずれ時の中で
 露呈して咲く




  チキンインザチキン

 
飛ぶことを禁じられていた
 飛びかたも知らなかった
 狭い台所の窓辺
 両足を吊されて
 逆さに見てる まひる空

 トリ肌を晒した無防備の
 白い裸身
 ちっぽけな頭に
 赤いトサカの誇り
 裏庭の
 のどかな一生……
 柵のある
 平和な場所……

 けれど 確実な シェフの一撃!

   「死んだら きっと 泳ぐから
    スープの鍋は大きめに」




  あいまい貝

 
あいまい貝はマイマイの渦を背に
 己の矛盾に苦しんでいるが
 それは おそらく
 はみ出した二枚舌をずるく
 楽しんでさえもいて
 渦の両極にねじれた本音を隠している

 甘い唇で その柔らかな身を
 掬い取ろうとしても
 おまえは トロリ 身を竦
(すく)
 生と死の波に怯えつつ
 殻の中へと 逃げ込む
 かたくなに守られている
 桃色の肉は 裸に剥かれると
 聖と俗の悲鳴をあげて
 いささか嘘くさい告白をしたがる

 その涙も また
 潮の臭いがするので
 まだ おまえの記憶は水底
(みなぞこ)
 深みどり色の未熟な苦汁
 吐きながら
 海の底 砂の底
 そこが あいまい貝の
 今の棲み家




  カンガルー考 2.テニス

 
例えばの日の昼休み
 カンガルーがO教授と
 テニスをする時しない時
 いずれにしろ
 言葉の詰まった
 白いボールは
 飛ぶヴィジョンの
 プレイボール

 ヒバナチルコエチル
 ハクチュウノチカラノアセ
 イザイクサセイシンノシノギアイ
 ギリギリノジャクニクキョウショク

 この五月のこの緑の
 芝生の上で
 二人の下肢は
 B..のギリシャの方角へ
 知的にジャンプする

 鋭いボールの応酬の音
 スピードも苦しく歪んで
 めくるめく無数の放物線が
 描かれていく青空

 現在から過去へ
 過去から現在へ
 反復される思考の
 軌道の上
 ふいに紛れ込んだ
一匹の蝿が
 手痛く弾かれ
 死にもの狂いで80
cm
 未来へと
 舞い上がる

 indexnext 豊崎美夜2