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     Collection詩集 Ⅱ


瀬崎 祐
瀬崎祐


















































































詩集 
窓都市、水の在りか

瀬崎 祐
思潮社 2012年1

  濃い水のなかにはなにかが隠れている 我が身を透かして見せない
  ために あなたの顔を映している あなたの顔が映った水鏡の裏側
  には 向こうからあなたを凝視しているもう一つの顔が隠れている
   (帯文より)




  窓都市

この都市の家には戸口がない。その代わりに家にはいた
るところに窓がとりつけられていた さまざまな大きさ
の窓がならぶ家が散在しているのだった
どんなに大きな窓であっても 窓は戸口ではないために
身体が家にはいることは許されていなかった だから
この都市では 人々は 自らの肉体を家の外へ残し 魂

だけを家の中へ入れるのだった

家の内部には 決められた役割をになった部屋が配置さ
れている たとえば 手紙を受けとる部屋や 詩を朗読
する部屋 決闘をおこなう部屋などであり 不思議なこ
とに身体がなければ意味を持たないような部屋までも
が 配置されているのだった
家の内部には部屋をつなぐ通路があり 運搬車のような
ものが動いている 手足を持たない魂はそれに乗って移
動するのだった ときおり すれちがう魂が親密な挨拶
をしている光景を見ることができる

このように 窓は見るもののために存在しているのであ
り 見えるもののために存在しているのではなかった
窓は 家の外部と内部を視線でつなぐものであって 身
体を交流させるためのものではなかったのである 触れ
ることをあきらめた場所から 言葉がかけられる そん
な言葉は存外やかましいものだ

すべてを見せて 隠すものを持たないこと
この都市にあっては 見ることは 家の中から外へ出か

けることであり 見られることは相手を家の中へ受け入
れることであった
そんな家々の窓の外には 少し悲しそうな足だけが残っ
ていたり 怒ったような表情の顔だけがぶらりと浮かん
でいたりするのである





  冷たい手のままで

冷たい手をかかえたままで高台の家を訪ねたことを 悔やんでいる
何をたずさえれば手が温まったのだろうか

幼いころに 手の冷たい人は心が温かいのだときかされた
でも本当は違った 手の冷たい人は心も冷たいのだった
冷たい心を温めるために 手足の血液を身体の深いところへあつめてい
るのだった
だから手足に流れる血液はうすくなり 皮膚が透けて淡い記憶までが露
わだ

どうぞ 膝を舐めてみて下さい
ここでは 少しは温まるかもしれませんから
和服姿の母は 知らない人を見るようにわたしに微笑む

投げだした足はまっすぐにそろえ 上半身を倒していく
靭帯が伸ばされる痛みとともに わたしのなかで居ずまいをただすもの
がある
思いもかけないほど近くに膝が寄ってくる
おそらくわたしの身体は奇妙に捻れているのだろう
舌で膝頭を舐めると こんなところにもわたしの身体があったのだと
よその人の体温のように その温かさを感じる

ていねいに膝頭を舐めていると 皮膚は次第に薄くなり 割れ目からは
桜色の水が溢れてくる
ああ こんなにも血は虐げられていたんだね

高台の家のバルコニーからは 遠くの海が光っているのが見える
ねっとりとした果実をかじると 果汁が頤から膝のあたりにしたたる
乾いてはいないのに 潤されたいと願っている

小声で詫びている冷えきった人を どうやって温めてあげればよいのだ
ろう
せめて 手足を絡めてつつみこむ
砕片のようにのこる冷たさを かたちを失いかけた果実の甘さでうめる
遠くの海は桜色に泡立っている





  湧水

わたしは転ばないように斜面を降りてきた
わたしを追いかけてくるものがあるような ないような
こんな砂丘の片隅で水が湧くとは知らなかった

湧水 その底で砂粒がふるえている
湧いてくるものの冷たさにふるえている
それは今日まで地底に伏せていた年月の冷たさだ
砂がふるえるとき わたしのなかでもふるえるものがある
見えなかった場所から湧いてくるものにおもわず呼応している
埋めようとされてなお拒みつづけるものを
衣服から飾りをとりのぞくようにむしっていった

いつしかわたしは風をとおす薄衣だけになっていた
だからまわり道をしている
ふるえる時間はどのように埋めればよいのか
ふるえる時間の流れが少しずつ溢れてくる
この場所は風が強くて日差しを遮るものもない

水に触れることはためらわれる
この辺境の地でついに終わる決意をすることができないから
わたしのなかにある湧水の場所を
だれかに見つけて欲しい だれかに呼ばれて欲しい

短い休日を
どれほどのまわり道で埋めればたどりついたことになるのか
それから 海
そこでこの地は果てる
わたしのなかで反転した道は空へつづく

亡くなった者たちも連れて砂の下の道をたどる
海をわたる船が夜明けまで砂丘をめざすように
年月をたどって
湧いてくるものをたどって

   

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