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Collection詩集 U         



伊与部恭子


















































































詩集 
来訪者

伊与部恭子
ジャンクション・ハーベスト 20095
20回日本詩人クラブ新人賞

良いものと悪いものが とても似ているのは何故だろう
巨きな天秤の中心は どこにあるのだろう
(「来訪者」より)


 

 

  

 
駅を出ると
 道は ゆるい登り坂だ
 古本屋 神社 アパート 路地
 日射しは音もなく降り
 石畳や古いベンチの傷
 ひとの内側の 影や小さな窪みを埋めていく

 読むのは どれも「わたくし」という本だ
 一つの行から次の行までの間に
 短い夢がまぎれ込む

 緩やかに登り切ったところからは海が見える
 惑星の輪郭を 寒そうに歩く人がいる
 ここから剥がしてくれるのは
 ひとつの言葉かもしれない

 ひとひらの
 明るい雲が 空に翻る





  暗くなる前に

 子どもを 捜している
 灯火色
(ともしびいろ)の文旦を食べさせたくて
 上着を一枚着せたくて

 見付けても
 子どもはすぐにいなくなるので
 だんだん遠くまで 捜しに行く

 子どもが居そうな処まで
 友人が 車で送ってくれるという
 病巣をもった友人は
 運転しながら 少しずつ服を脱いでいく
 着いた時には裸になっていて
 痩せてしまった背中に 礼を言って降りる

 知らない町のはずれ
 錆びた標識が 西日に押されて傾いでいる
 冷たい風が 幾筋も
 低い軒先を掠っていく
 掌の中に 残っている小さな箱
   
――ツヤツヤノ葉ッパヲ見ツケタヨ
     入レテオイテネ
     オ母サンンガ独リニナッタ時 開ケテ見ル アノ箱ニ
 箱は開けない
 それは 掌の中 震えながら
 種のようなものになっていく




  白い家

 百葉箱の中には
 明け方の夢が蔵われている

 地面から一メートル中空
 白い家の形をして
 陽射しで目覚めさせないよう 北を向き
 
風は充分送られるよう 四方を鎧戸にする
 できれば
 若葉の伸び初めた桜の下に置くのがいい
 近くに 扉の半分開いた温室があって
 出入りする蜂の羽音が聞こえるところがいい

 何処に置いたか忘れたが
 鍵は持っているはずだ





  公園で

 一日が 薄く目を閉じる
 かかえている種火が ぼんやり透けて見える
 点々と 置かれたベンチの辺り
 中央の噴水のまわり

 ひとは かたちでもことばでもなく
 ほの温かい明かりなのだ

 夕闇の降りた公園は
 たくさんの明かりで
 水盤のように満たされている
 明かりたちは
 互いに触れない距離で滲みあいながら
 ゆっくりと集まっては 解け
 水紋のような軌跡を描いて
 縁から闇へ こぼれてゆく

  

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