ゲスト:秋葉宗一郎 |
●鏡花 秋葉宗一郎 思うところがあって、昔の小説を少しずつ読んでいる。還暦まであと何年と いう年齢になって、初めて「舞姫」や「金色夜叉」に触れているのだが、とり わけ泉鏡花がすごいなぁと思う。鏡花の幽玄な世界には強く魅了されるが、 その不思議さを支える何気ない情景描写にも凄みは滲んでいる。例えば、 「冬の日は釣瓶おとしというより、梢の熟柿を礫(つぶて)に打って、 もう暮れて、客殿の広い畳が皆暗い。」(縷紅新草)(るこうしんそう) 切り詰められた言葉が、鮮やかに眼前の光景を映し出している。鏡花に 限らず、こうした先人たちの素晴らしい言葉遣いを少しでも吸収したいと 願うばかりだ。 |
●それだけのために 滝 悦子 グレてはいないがスネていた若い日、目的地もなくただウロウロ.していた。 できるだけ長く列車に乗っていられるなら、どこでもよかった。とは言いながら、 もっぱら海へ向かった。北海道の南端の太平洋しか知らなかったから、名前 がついている海はどんなだろう。日本海。オホーツク海。東シナ海。 終点で バスがあれば乗り、船があれば乗り、さきっぽ、どん詰まりへ。なんて人間は ちっぽけなのだろう、などつゆ浮かばず、さほど感激もなく、がっかりもない。 そうか。これがそうか…。それだけのために通った気がする。 ベーリング海。アラル海。今は、お話の世界より果てしなく遠い。 |
座頭 秋葉宗一郎 吹き荒ぶ雪混じりの午後 座頭は遥かな入江の港を見下ろしている 海は敷石のような青銅色に沈み 波消しブロックに激突するうねりは 細長く鮮やかな白い泡の襞を 無数に岸に寄せている これは 生々しく遠のいていく 彼の幻の景色だが 水の匂いに従い やがて座頭は川沿いの道を選ぶ 枯野を透かし 炭色の川面が光る 明日のことを思い浮かべようとする彼の前には 断片にしかならない記憶として 過去の景色だけが広がっている あらざらむこの世のほかの思ひ出に 今ひとたびの逢ふこともがな* コロイド状の凍雲が垂れ 静かな呼吸で山は佇む 薄い光に 欅の枝先はどこまでも細い *和泉式部 |
夜凍河23 2024.09 |
松葉宗一郎 | 座頭 空蝉 |
滝 悦子 | 唄 |
![]() |
夜凍河23 | 夜凍河22 | 夜凍河21 | 夜凍河20 | 夜凍河19 | 夜凍河18 | 夜凍河17 | 夜凍河16 |