夜凍河 23



 ゲスト秋葉宗一郎










鏡花  秋葉宗一郎 
 思うところがあって、昔の小説を少しずつ読んでいる。還暦まであと何年と
いう年齢になって、初めて「舞姫」や「金色夜叉」に触れているのだが、とり
わけ泉鏡花がすごいなぁと思う。鏡花の幽玄な世界には強く魅了されるが、
その不思議さを支える何気ない情景描写にも凄みは滲んでいる。例えば、
   「冬の日は釣瓶おとしというより、梢の熟柿を礫
(つぶて)に打って、
   もう暮れて、客殿の広い畳が皆暗い。」(縷
紅新草)(るこうしんそう)
 切り詰められた言葉が、鮮やかに眼前の光景を映し出している。鏡花に
限らず、こうした先人たちの素晴らしい言葉遣いを少しでも吸収したいと
願うばかりだ。 



それだけのために  滝 悦子 
 グレてはいないがスネていた若い日、目的地もなくただウロウロ.していた。
できるだけ長く列車に乗っていられるなら、どこでもよかった。とは言いながら、
もっぱら海へ向かった。北海道の南端の太平洋しか知らなかったから、名前
がついている海はどんなだろう。日本海。オホーツク海。東シナ海。 終点で
バスがあれば乗り、船があれば乗り、さきっぽ、どん詰まりへ。なんて人間は
ちっぽけなのだろう、などつゆ浮かばず、さほど感激もなく、がっかりもない。
そうか。これがそうか…。それだけのために通った気がする。
ベーリング海。アラル海。今は、お話の世界より果てしなく遠い。

 

                      

                

 

          座頭
                         
秋葉宗一郎

    
     吹き荒ぶ雪混じりの午後
     座頭は遥かな入江の港を見下ろしている
     海は敷石のような青銅色に沈み
     波消しブロックに激突するうねりは
     細長く鮮やかな白い泡の襞を
     無数に岸に寄せている
     これは 生々しく遠のいていく
     彼の幻の景色だが
     水の匂いに従い
     やがて座頭は川沿いの道を選ぶ
     枯野を透かし 炭色の川面が光る
     明日のことを思い浮かべようとする彼の前には
     断片にしかならない記憶として
     過去の景色だけが広がっている

     あらざらむこの世のほかの思ひ出に
     今ひとたびの逢ふこともがな
*

     コロイド状の凍雲が垂れ
     静かな呼吸で山は佇む
     薄い光に 欅の枝先はどこまでも細い

                    

                   
 *和泉式部



                              











     夜凍河23 2024.09
 松葉宗一郎  座頭  空蝉
 滝 悦子  





    

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