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 Collection詩集 U

長嶋南子
長嶋南子


















































































詩集 
シャカシャカ

長嶋南子
夢人館 2003年11月

骨つぼひとつに
まとめられてかえってきた
一片をかみくだくと
ほのかにあまく
やがてにがみが  (「食事」より)




  

   しあわせ

 
幸福の木を買った
 新居の居間で育てていた
 まいにち水をやり葉をなで声をかけ
 ぐんぐん大きくなっていく

 子どもは葉のうえで遊び
 夫は湯飲み茶碗と座布団持って
 木のてっぺんに
 妻はせっせと水をやり

 幹は天井をつきやぶり
 天に向かってまだ伸びている
 ご飯だよ と下から大声で呼んでも
 夫は食べに降りてこなくなった

 葉に子どもを乗せたまま
 枝が横に伸びていく
 お隣の吉田さん高山さん庭先を失礼します
 きちんとあいさつして通ったかしら

 みんなしあわせ

 木の根方で女がひとり
 まだ水をやっている
 猫が時々きておしっこする





   虫干し

 家には仏壇がない
 押入れのなかで
 骨つぼにおさまっているもの
 がある

 お墓に入れないと成仏できないじゃない
 まわりの人がいう
 ひとりだけ簡単に成仏してもらっては困るもの

  いっしょに逝かなかった
  妻や子どもは
  元気に勝手なことをしています
  あなたもこれで安心でしょう

 骨(こつ)年元年 骨年二年 骨年三年
 骨が育っていく
 わたしや子どもの勝手も育っていく
 家で育つものはみんなかわいい
 子どもも ほこりも 骨も

 お彼岸には骨つぼを押入れから出して
 虫干しする
 好きだったおはぎは
 かわりにわたしが食べます





   夜寒

 食卓のいすが
 またひとつ
 いらなくなって

 ひとつずつ
 いらなくなって
 ひとつしか
 のこらなくなって

 季節が
 いくつも
 とおりすぎて
 食卓が
 ひろがっていく

 なにか大切なものを
 なくしたときの
 もったいなさと
 すがすがしさと

 食卓にいすが
 ひとつ





   たくわえ

 
わたしだけの地下室の入り口
 階段を降りると
 集めた男の肉片がいっぱい
 干からびていっぱい

 長い夜は
 まるくなって早寝する
 目覚めては
 干からびた肉片を取り出して
 ちょっとずつしゃぶっている

 駅のむこうに待つひとがいる
 しゃぶりつくした夫の骨は
 風呂敷につつんで押入れのなか
 出かけましょ
 わたしが風呂敷に
 つつまれるまでのあいだに

 そうして
 骨の夫も待つ人も
 ほほぶくろにつめこんで
 地下室にいっては吐き出し
 たくわえておく





   退勤

 終業のベルがなる
 ロッカーにかけこむ
 制服を脱ぐ
 まだ仕事をしている同僚なんて
 知ったことではない

 門を出る
 書きかけのショルイが追ってくる
 カイシャの声が

 追ってくる
 ―あなたの業績評価は
 追いつかれないように
 早足でシャカシャカ歩く

 ひと足ごとにからだが変換する

 イヤリングをする
 ネックレスをする 口紅をひく 髪をすく
 歩きながらなんだってする
 ご飯だって食べられる
 やらなければならないこまごましたもの
 浮んでは消えていく

 シャカシャカシャカシャカ
 電車にとび乗る
 鮮やかに発色して
 ごめん 待った?

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